来年からフランスでは源泉徴収方式が始まります。「会社員の給料から所得税が源泉徴収される、ということは分かるけれど、不動産所得や株の売却益はどうなるの?自営業の人は?」といった質問にはっきり答えられるフランス人は極めて少ないようです。今回のコラムでは、2019年よりスタートするフランスの源泉徴収方式で何がどう変わるのか、そして納税者はどのようなことに気を付けなければならないのか、について確認していきましょう。

これまでのフランスの仕組み

現在のところフランスでは、前年度の全ての所得に対する所得税を翌年に支払う、という仕組みになっています。具体的には、次のようになります。

(1) 昨年支払った所得税額の10分の1の金額が、年初より毎月、銀行口座から引き落とされる。(毎月ではなく3ヵ月ごとに支払うことも可能)
(2) 5月から6月の頭にかけて、前年度の所得を確定申告する。
(3) 確定申告に基づき前年度の所得に対する税額が確定し、8月から9月にかけて所得税通知書が送られてくる。年初から7月までに既に支払った所得税額を加味した上で、年末までの月々の引き落とし額が通知書に記載されている。
(4) 所得税通知書には、翌年1月からの月々の引き落とし額も記載されている。その金額は、前年度の所得に対する所得税額を単純に10で割ったものとなる。

つまり本年1月から12月にわたり支払っている所得税は、前年度の所得に対する課税であり、一年遅れで税金を支払っているのです。

もし、とある会社員が引退し、翌年以降は年金生活に入り、所得がガクッと下がったとします。現状の方式ですと、引退初年度は、それまでのお給料よりも遥かに低い年金額しかもらえなくなったにも関わらず、現役時代最後の高い所得に対する所得税を支払わなければならないことになります。

またフランスでは個人ごとではなく、夫婦、PACS、親子など世帯ごとに所得税が計算されているため、結婚、出産、離婚などで世帯の構成が変わると、所得税額が大きく変わることがあります。しかしながら現状の方式では、その税額の変更が反映されるのは、翌年の確定申告後となってしまうのです。

「給与所得や年金所得に対して『その年の所得税は、その年の所得から支払う』ということにすれば、上記のようなタイムラグがなくなり、家計のやりくりがしやすくなりますよ」というのが源泉徴収方式導入に関する政府の考え方です。源泉徴収方法の導入前と後で、どのように変わってくるのか、政府のオフィシャルサイトに掲載されている具体例を見てみましょう。

導入前と後の比較

【ケース1 ~もうすぐ2人目が生まれる若夫婦~】

夫婦の年齢 : 25-26歳
世帯の所得(共働き) : 月々3 400 ユーロ(約44万円)
夫婦には1歳半の子供がおり、2019年1月には2人目誕生の予定。
今現在、この夫婦は年間840ユーロ(約11万円)の所得税を支払っているが、2人目が生まれた後は、所得税がゼロになる。(※扶養家族が増えると、税負担が減るため)

現行(源泉徴収なし)のシステム
2019年、この夫婦は2018年度と同様、年間840ユーロの所得税を支払うことになる。2020年に入って初めて、2人目誕生による恩恵を受けられるようになり、所得税がゼロになる。

源泉徴収方式
2人目が誕生したことを税務署にすぐに知らせることにより、源泉徴収率がゼロとなり、遅くとも申請後3ヵ月後からは所得税を全く支払わずに済むようになる。

 【ケース2 ~ 引退間近の夫婦 ~】

夫婦の年齢 : 二人共61歳
世帯の所得(共働き) : 月々5,200ユーロ(約67万円)
2人は2019年10月から年金生活に入る予定。
老齢年金 : 月々3,600 ユーロ(約46万円)

現行(源泉徴収なし)のシステム
2019年、この夫婦は2018年度の給与所得に対する所得税を支払うことになるので、2019年10月より、引退して大きく所得が下がるのに、前年度の所得税額を10で割った金額である、月々556ユーロ(約7万円)を年間を通して支払わなければならない。年金生活で所得が下がることが所得税額に反映されるには、2020年8月まで待たなければならない。その時までは、引退前の給与所得に基づいて計算された、高い所得税を支払わなければならない。

源泉徴収方式
2019年1月より、この夫婦は8.9%の源泉徴収率が適用される。これは月々463ユーロ(約6万円)の負担を意味する。2019年10月に年金生活が始まると、即座に源泉徴収率も下がり、この夫婦の所得税の支払いは月々321ユーロ(約4万円)になる。

【ケース3 ~独身の自営業者 ~】

年齢 : 33歳
所得 : 年収40,000 ユーロ(約512万円)
今現在、この自営業者は年間6,293ユーロ(約81万円)の所得税を支払っている。ビジネスは好調で、2019年度の所得は恐らく50,000ユーロ(約640万円)になり、所得税は9,293ユーロ(約119万円)になることが予想される。

現行(源泉徴収なし)のシステム
2019年度の所得が大きく上昇するにも関わらず、最後の確定申告の年収(このケースでは年収40,000ユーロ)に基づいて算出された所得税を2020年8月まで支払い続けなければならない。2020年春の確定申告時に2019年度の所得を申告し、その時点でようやく、50,000ユーロに対する所得税の確定値が通知される。このことにより2020年9月以降、この自営業者の所得税の支払額は一気に跳ね上がることになる。

源泉徴収方式
2019年度の所得が確実に上がることが分かった時点で、月々の引き落とし額を自ら申請することにより増加させることができる。このようにすれば、翌年9月から税額負担が急上昇し、手持ち資金のやりくりに慌てることを防ぐことができる。

上記3つの例でお分かりいただけますように、現行の『1年前の所得に対する税金を支払う』という方法から、『その年の所得に対して、所得税を支払う』という方法に移行することにより、状況に大きな変化が訪れた際に起こる所得税額の変動がタイムラグなく、すぐに適用されることになります。

源泉徴収方式に関わる所得と、関わらない所得

源泉徴収方式は全ての所得に適用される訳ではありません。どの所得に対してどのような方法で所得税を支払うことになるのでしょうか?主だった種類の所得について、ご説明させていただきます。

【会社員の給与、年金】
2019年1月より、直近の所得税通知書に記載された税率で、会社や年金機関により所得税が天引きされた後の金額が銀行口座に振り込まれることになります。

【自営業者の所得】
直近の所得税通知書に記載されているに基づいて算出された金額が、2019年1月より各自の銀行口座から引かれることになります。引き落としは毎月、もしくは四半期ごと(2月、5月、8月、11月)のどちらか好きな方を選択することができます。

【不動産所得】
家賃収入など不動産所得には所得税だけでなく、社会保障費負担(現在17,20%)も合わせて口座から引かれます。直近の所得税通知書に記載された金額が毎月、銀行口座から引き落としされることになります。引き落としは毎月、もしくは四半期ごと(2月、5月、8月、11月)のどちらか好きな方を選択することができます。

【金融商品から発生した利益や不動産売却益】
株・不動産の売却などにより発生した所得に対して、源泉徴収方式の適用はありません。これらの所得に関してはこれまで通り、春に前年度の利益を確定申告し、夏の終わりに送られてくる所得税通知書により、支払うべき金額が分かり、年末までに所得税を支払うことになります。

このように給与所得、年金、自営業者の所得などは『その年の所得に対する税金を同年に支払う』ということになりますが、株・不動産売却から発生した利益など、『その年に特別に発生した利益に対しては、翌年に所得税が徴収される』ということになるのです。

「自分は会社員で、来年から源泉徴収されるから、もう確定申告をする必要はない」とたまに勘違いされていらっしゃる方がいらっしゃいますが、そのようなことはありません!給与所得も含め、全ての所得に関して、従来通り今後も毎年春に、前年度の確定申告をしなければならないのです。そして税務署は各世帯の総合的な所得に基づき所得税額、そして9月以降の新しい源泉徴収率を算出し、それらの情報は所得税通知書により各世帯に伝えられることになります。

源泉徴収率

源泉徴収率はどのように決められているのでしょうか?納税者は①世帯一律の税率(Taux normal du foyer)、②カップル世帯において、各自の所得に応じた税率(Taux individualisé)、③給与以外の所得を加味せず「この給与額に対してはこのレート」と定められたニュートラルな税率(Taux neutre)から好きな方法を選択することができます。

どの方法を選んでも、支払う税額は同じですので「どれがお得」という性質のものではございません。夫婦・PACSのパートナー間で、所得に大きな差がある場合、所得の低い方の人は、世帯一律の税率ではなく、上記2番目の各自の所得に合わせた税率で、源泉徴収されることを望むことが多いようです。その場合、税務署オフィシャルサイトの マイページに入り、『各自の所得に応じた税率(Taux individualisé)を選択する』と自ら依頼することにより、個別の税率が適用されるようになります。

3番目の ニュートラルな税率( Taux neutre )というのは、どのような人が選択するのでしょうか?例えば新入社員には自動的にこの方法が適用されます。ニュートラルな税率を希望することが考えられるケースとして、例えば「給与所得以外に、不動産所得や配当所得など高額の所得を別途得ていることを雇用主に知られたくない人」が挙げられます。ニュートラルな税率を選択すれば、雇用主にはその人の本当の所得に対する税率が知らされず、単に『この給与ならこの税率』という一律のレートにより、給与所得から源泉徴収が行われることになるのです。しかしここで注意しなければならないのは、「もしニュートラルな税率が、その人が本来支払うべき世帯の所得税率より低いのであれば、その差額を毎月、自ら税務署に対して支払わなければならない」ということです。支払わなければ延滞税が課せられますので、ニュートラルな税率を選択する場合はその点を忘れないようにしましょう。

結婚、出産、引退、所得の急な上下など、大きな変化があった場合は速やかに税務署のサイトを通じて申告しましょう。例えば年金生活に入り所得がガクッと下がる世帯にとっては、源泉徴収率も即座に下がってくれれば、家計のやりくりがしやすくなりますね。しかしながら「所得が低くなったので、源泉徴収率を下げてください」と頼んだ翌年の確定申告において、実際の所得税率が、自ら頼んで下げた税率よりも高かった場合、「実際よりも低い税率しか払ってこなかったのか!そういう悪い人にはペナルティーを支払わせますよ!」ということになってしまいますので、要注意です。

オプションが3つも用意されていて、尚且つ、「所得が大きく変動した時は自ら依頼すれば源泉徴収率を変更できる」などと言われると、何だか混乱してしまいますね。要点をまとめると次のようになります。

  1. 自分から何も働きかけなければ世帯一律の税率(Taux normal du foyer)が適用される。
  2. 各自の都合により、夫婦間で別々の税率を選択したり、ニュートラルな税率を選ぶことも可能。
  3. 家族構成や所得に大きな変更があったら、税務署にすぐに知らせる。
  4. もし税務署が通知してきた率より低い源泉徴収率の適用を希望する場合、本来支払うべき税金よりも低い額しか払っていなかなったことが後から発覚すると、ペナルティーを課せられるので要注意。

特に4番目のポイントは、必ずおさえておきたいところです。


源泉徴収方式が始まるに当たり、分からないことだらけで不安に思う人が非常に多いようです。様々な質問に対応するために、フランス政府は問い合わせ窓口を用意しています。月曜日から金曜日の朝8時半から夜7時まで、0811 368 368(通常の通話料金+1分当たり0.06ユーロ加算)で受け付けています。私自身も何回か電話ししてみましたが、毎回感じがいい人が出てきて、明確に回答してくれるので助かっています。自分が望む源泉徴収率を選んだり、質問があったら問い合わせをするなどして、新システム導入で慌てないためにも、各自しっかり確認しておきましょう。