2016年度はフランス不動産価市場にとって堅調な一年でした。パリ、イル・ド・フランス公証人議会のレポートによりますと、イル・ド・フランス地方の2016年第4四半期中古不動産価格は前年同期比で+3.1% 、パリ市内では+4.4%の上昇となりました。1980年~2016年にかけてのパリ市内の不動産価格指数(2010年第1四半期=100とした指数)のグラフは次のようになります。

表1 パリ市内の不動産価格指数(2010年第 1四半期=100)

(パリ、イル・ド・フランス地方公証人議会のデータを元に筆者が作成)

2011年後半より徐々に下がり続けていたパリ不動産価格は、昨年度の急上昇により、ここ4年の値下がり分をほぼ全て取り戻したことになります。次の表でご確認いただけますように、パリ市内では12区、18区、19区、20区以外、すべての区において、1平米あたりの価格が8000ユーロ以上となりました。

表2 パリ市内の 2016年第4四半期の一平方メートルあたりの中古住宅物件価格

(出典 : パリ、イル・ド・フランス地方公証人議会)

このように昨年度のパリの不動産市場は非常に好調でしたが、フランス全土で価格が上昇している訳ではなく、地域ごとにかなりのばらつきがあります。例えばボルドーがあるジランド地方では、昨年度の中古アパルトマンの価格は約4%の上昇、反対にコルシカ島や、フランス西部の街ポワティエは5%の下落を見せています。INSEE(フランス国立統計経済研究所)の統計によりますと、2016年第4四半期のフランス全土の中古物件価格は、前年同期比で+1.8%でした。

価格上昇の最大の要因は超低金利

2016年度の不動産価格上昇の裏には、次章で挙げる政策も絡んではいますが、最大の理由は、何と言っても史上最低レベルを更新する住宅ローンの金利にあります。CREDIT LOGEMENT / CSAのレポートによりますと、2016年12月の住宅ローン平均期間は214か月(17年10か月)、ローン金利の平均は1.34%でした。2015年12月時点の平均ローン金利の2.2%より、1年間で0.86ポイントも下がったのです。ここまでの金利下落が、不動産市場に影響を与えないはずはありませんね。

下記のグラフは2001年から2017年3月までの住宅ローン平均金利の推移を示します。

表3 住宅ローン金利の推移(%)

(出典 : CREDIT LOGEMENT / CSA)

下記の表はローン期間ごとの金利の推移を表しますが、ここ数年全ての期間において大幅に金利が下落していた様子が読み取れます。

表4 期間ごとの住宅ローン金利の推移(%)
(出典 : CREDIT LOGEMENT / CSA)

「いよいよ金利が上がるだろう」と言われ続けて何年も経ちますが、本年度からは遂に長期間にわたる金利上昇の本格的な流れが始まるかもしれません。しかしながら欧州中央銀行のドラギ総裁は未だ慎重な金融緩和策を取り続けておりますし、出だしは緩やかな上昇となることが予想されます。今のレベルから僅かに高くなるだけでしたら、まだ超低金利と言えますので、住宅購入を諦める人はさほど出てこないと思われます。金利の動向は不動産市場に大きな影響を与えますから、いずれ大きく金利が上昇した時こそが要注意となりそうです。

大成功を収めている2つの政策

昨年度より利用条件がぐっと緩くなった『ゼロ金利ローン』、そして投資物件価格の一部を所得税額から減額できる『ピネル減税措置』が、昨年度の不動産市場活性化に一役買いました。

ゼロ金利ローンとは、その名の通り、金利0%で借りれる国のローンです。直近2年間に居住用の物件を所有したことがなく、尚且つ一定の所得水準以下の人がこのローンを組むことができます。これまではその利用が低所得者層に限られていたところ、昨年より所得条件がぐっと緩くなったため、中流世帯も利用できるようになりました。また物件価格の40%までゼロ金利ローンを組めるようになったり(以前は26%までだった)、対象となる地域が広がったことも大きかったようです。モーゲージブローカーの « Vousfinancer »の顧客のうち、2016年度に初めて不動産購入をした世帯の、実に3分の1がゼロ金利ローンを利用したそうです。ブローカー最大手の « Cafpi »も「中古物件では4分の1、新築物件では3分の1の世帯がゼロ金利ローンを組んだ」と発表しています。ゼロ金利ローンを組めるようになったお蔭で、マイホームの夢を叶えられた人が一気に増えたことが、不動産市場にいい影響を与えたようです。

「節税しながら不動産投資ができる」ということが売りの『ピネル減税措置』は、賃貸物件の供給を増やすことを目的に導入された制度です。ピネルを利用することにより、最大6万3千ユーロ(約756万円)を12年間にわたり所得税から減額できます。実際のところ「時価よりも遥かに高い物件価格で購入してしまった」、「現実離れした高い家賃を得られると勘違いして投資してしまった」など、トラブルも発生しているのですが、税負担の高いフランスでは「減税できる!」と聞いただけで、収益率の計算もせずに減税商品に飛びつく人が非常に沢山いるため、この『ピネル減税措置』は大人気で、不動産市場を盛り上げています。

各大統領候補の不動産に関する政権公約

5月7日にフランス大統領選の決選投票が行われます。マクロン氏とルペン氏、両者の不動産に関する主な公約を見てみましょう。

【マクロン氏】
2000年、ジョスパン首相時代に制定された『SRU法』により、フランスでは大都市の社会的住宅(低所得者向けの公共住宅)の比率を2020年までに全体の20%にする、という政策が導入されています。マクロン氏はSRU法の継続を支持し、社会的住宅の建設ペースも現状維持となる予定です。ちなみに現在、年に10万~13万件の社会的住宅が建てられています。

個人家主の家具なし賃貸物件の契約期間は今現在『3年』と設定されているため、CDD(期限付き契約社員)やお試し期間中の新入社員といった、職が安定していない人たちの入居を断る大家がとても多いのが現実です。その状況を改善するために、今後は『期限1年』という賃貸契約も認められるようにすることを計画しています。また住宅を見つけにくい若者のために、今後5年間で8万件の住宅を建築するという政策も掲げています。

『全体の8割に当たる世帯の住民税が免除されるようになる』というのも、彼の公約の目玉の一つです。マクロン氏のホームページによると、例えば2人の子供を持つカップル世帯が、月5000ユーロ(約60万円)の課税所得を得ている場合、2020年以降この世帯は住民税を支払わずに済むようになります。

環境問題に対する取り組みも忘れてはいません。エコ住宅に改築する際の政府からの援助の拡大や、2025年よりエネルギー消耗の激しい住宅の賃貸を禁止する、といった大胆な政策も組みこまれています。

フランスでは130万ユーロ(約1億5000万円)以上の資産を持つ人にISF(富裕税)が課せられています。マクロン氏は今後、『保有不動産の』資産総額が130万ユーロ以上の世帯に対してのみ、ISFを課すことを計画しています。もし彼の改革が実現すると、どんなに多額の金融資産を持っていても、保有不動産価格が130万ユーロ未満の世帯には、今後、ISFが課せられないようになります。

尚、家賃上限に関する法案とピネル減税措置に関しては、とりあえずは現状維持でその影響を見極めることにするそうです。

【ルペン氏】
極右らしく『社会的住宅の提供はフランス人を優先させる』という政策を第一に掲げています。この制度は彼女が就任後に入居する人たちにのみ適用されるそうなので、今現在、既に社会的住宅に入居している外国人が退去させられるようなことはない模様です。

弱者を守る対策として、低所得者層の住民税の引き下げや、若者向けの住宅の建設や住宅手当の引き上げも予定さています。

また不動産譲渡税を10%引き下げることも公約に組み込まれています。

「家賃上限に関する法案は、不動産投資家達をマーケットから撤退させる恐れがあるので、このままではよくない」、「SRU法の目標など達成できるはずがないし、全く効果はない」と、これまでの政権が生み出した政策にことごとく反対しているルペン氏ですが、さすがにピネル減税措置の成功は否定できないようで、自らが大統領に就任することになってもこの措置は継続する、と述べています。


まだまだ低いレベルにある住宅ローン金利に支えられ、本年度の不動産市場もプラスとなるでしょうが、世界的な長期金利上昇は既に始まっておりますので、あまり楽観的にはなれない、というのが今の仏不動産市場の現状なのではないかと思います。