フランスでは来年4~5月に大統領選挙があります。その統一候補を選ぶために、中道・右派は11月に予備選を行うことになりました。第1回投票は11月20日、第2回投票は11月27日に予定されています。予備選の候補者は7人いますが、実際のところアラン・ジュペ元首相とサルコジ前大統領、2人の対決となると予想されています。

この予備選は単なる大統領候補者選びに終わらず、もっと重大な意味を持っています。10月9日に公共テレビ放送局のFrance 2で公表された世論調査によりますと、なんと71%のフランス人が、「今回の中道・右派の予備選の勝者が次期大統領になる」と考えているのです。10月25日にル・モンド紙に掲載された世論調査によると、社会党オランド大統領の行動に満足している人は僅か4%という、史上最低の支持率です。社会党から誰が候補者として出馬するのかはまだ分かりませんが、現政権の不人気ぶりを考慮すると次回も社会党が政権を握る可能性は極めて低いと思われます。また、仮に消去法で極右政党のル・ペン氏が大統領選の決選に残れたとしても、彼女が勝利すると考える人はほとんどいません。

今回の中道・右派陣営の予備選が、実質的なフランスの大統領選と同じ意味合いを持つ、と考える人が多いため、フランス人が来月の予備選によせる関心は非常に高く、10月13日に行われた予備選の第1回TV討論会の視聴率は26.3%に達しました。今回のコラムでは次期大統領になりそうな2人の経済に絡む政策を見てみましょう。

ジュペ氏とサルコジ氏が提案する経済政策

両者とも共和党(旧UMP党が改名)の政治家ですから、経済的観点からのアプローチは似通っています。とは言え、微妙な違いはもちろんあります。現状で明らかになっている彼らの方針を、表にまとめてみました。

  ジュペ氏 サルコジ氏
公的支出の削減 今後5年間にわたり850-1000億ユーロの削減 今後5年間にわたり1000億ユーロの削減
年金支給開始年齢 65歳に引き上げ 64歳に引き上げ
公務員の年金制度 民間と同様のシステムへ 民間と同様のシステムへ
週35時間労働制 基本的には企業内での交渉に任せる。
法的には39時間に引き上げ
労働時間は各企業が自由に決めるべき
ISF 撤廃 撤廃
所得税 家族世帯の所得税を引き下げ、20億ユーロ規模の減税 70億ユーロ規模の減税
TVA(付加価値税) 現行の標準税率20%から21%へ引き上げ 現状維持
英国離脱問題 強硬な姿勢で離脱交渉に挑むハード・ブレグジット 英国との交渉に柔軟性を見せるソフト・ブレグジット

両者が提案する公的支出の削減は、不可能と言える程の大胆な金額です。EUでは加盟国に対して財政赤字をGDP比3%に抑えることを原則としているため、不景気にも関わらずどこの国も緊縮財政を取らざるを得ないのです。

年金に関しては、フランスはこれまで少々寛大過ぎましたので、ある程度の条件の悪化は致し方ないでしょう。週35時間労働制は現社会党政権下においても改革の対象となっておりますので、もはや現代の経済活動に見合っていない制度なのかもしれません。

ISF(連帯富裕税)とは不動産を含めた130万ユーロ(約1億5000万円)以上の課税資産総額を持つ世帯に課せられる資産税のことです。130万ユーロを少し超える程度の世帯にとっては、さほど負担は重くありませんが、数千万ユーロ以上を持つ大富豪たちにとっては大変な重圧となる税金です。ジュペ氏とサルコジ氏、どちらが大統領になったとしても、この税金は廃止されることになりそうです。

所得税を少々引き下げる代わりにTVAを引き上げる方針のジュペ氏とは違い、サルコジ氏は思い切った所得税の減税のみを掲げています。

英国離脱問題に関しては両者の違いは明確です。ジュペ氏が次期大統領に選ばれた場合、英国は相当の覚悟をする必要があるでしょう。

ピケティ氏の意見

10月12日に公共ラジオ局 « France Inter »のゲストとして招かれた経済学者トマ・ピケティ氏は、11月の予備選についての見解を述べました。同氏は、サルコジ前大統領が任期中、自らに経済的貢献をしてくれる人たちが恩恵を得られるような政策ばかりを打ち出していたことを激しく批判しています。

サルコジ前大統領のみならず、ジュペ氏もISFの撤廃を示唆していますが、ピケティ氏はそのことを、寄付をしてくれる人たちを喜ばすだけであり、他にやるべき事があるだろうと一蹴しています。同氏はISFよりも固定資産税こそ改革すべき不公平な税制だと言います。なぜなら、例えば200 000ユーロの物件を180 000ユーロの住宅ローンを組んで購入した人が、金融資産を沢山持ち200 000ユーロの不動産を相続した人と、同じ金額の固定資産税を支払わなければならないからです。

前述のようにサルコジ前大統領とジュペ氏は、公的支出の削減に意欲的ですが、ピケティ氏はEUの緊縮財政に懸念を抱いています。同氏は、サルコジ前大統領任期の終盤とオランド大統領の初年度に行われた急激な増税が、フランスの経済成長にブレーキをかけたと主張しています。景気が減退している状況において緊縮財政を加速させたら、経済活動は枯渇してしまいます。EUの規制に柔軟性を持たせ、今は財政緊縮よりもインフラや教育に投資をして、将来の経済成長を育てた方がいい、というのがピケティ氏の意見です。


冒頭でも触れましたが、11月の中道・右派予備選の勝者が次期大統領になる、と考える人は非常に多いです。本選での勝利が難しいと理解している左派の勢力は、少しでも社会主義に近い候補者が選ばれるように、敵陣である中道・右派の予備選に出向き、投票することを考えているようです。BVA、Ifop、Ipsosという3つの別々の機関が発表した世論調査によりますと、11月の中道・右派予備選の投票者の内、10%~16%は左派の人たちとなる模様です。ピケティ氏も「予備選の第2回目の投票で、サルコジ前大統領に反対票を入れるために投票するかもしれない」と明言しています。

フランスの次期大統領が決まるのは来年の春ではなく、11月27日になるかもしれませんね。もちろん選挙にはサプライズがつきものですので、どうなるかは分かりませんが、いずれにせよ11月の中道・右派の予備選には要注目です。