2月28日にパリ、イル・ド・フランス地方の公証人議会から発表されたレポートの内容は、フランスのメディアで大々的に取り上げられました。じりじりと下がり始めたパリの中古住宅物件価格は昨年度も2.1%下落しました。一平方メートル当たりの平均価格は7 960ユーロとなり、遂に8 000ユーロ(1ユーロ=130円として計算すると104万円)という象徴的なレベルを切ってしまったのです。

下記の図では、パリ市内各区における2014年第4四半期の一平方メートル当たりの価格、及び2013年第4四半期と比べた騰落率が示されています。

表1 パリ市内の2014年第4四半期の中古住宅物件価格


(出典 : パリ、イル・ド・フランス地方公証人議会)

パリ5区、8区、9区だけは前年比プラスでしたが、それ以外の区では全て不動産価格が下がりました。パリの平均地価は2012年第3四半期に一平方メートル当たり8440ユーロという最高値を記録しましたが、この2年3ヶ月の間に5.7%、価格が下落した、ということになります。

1980年から2014年までのパリ市内の不動産価格は下記のグラフのように推移しています。2011年後半より停滞し始め、少しずつではありますが間違いなく下落基調に入っていることが分かります。

表2 パリ市内の不動産価格指数(2010年第1四半期=100)

(出典 : パリ、イル・ド・フランス地方公証人議会のデータを元に筆者が作成)

公証人の手元には不動産売買の仮契約書がありますので、既に2015年に入ってからの不動産価格の動向がほぼ明らかになっています。公証人議会のレポートによりますと、2014年の最初の数ヶ月は、パリ・イルドフランス地方の中古アパルトマンの下落率が前年比マイナス4%前後になりそうだ、との見解が示されています。

フランス全土でもこの傾向は変わらず、INSEE(フランス国立統計経済研究所)の統計によると、2014年第4四半期のフランスの中古不動産価格は前年同期比で2.2%下落しました。フランス全土では2011年第3四半期をピークに価格が下がり続けておりまして、当時から既に7%以上、価格が下落しています。

住宅ローンの金利

CREDIT LOGEMENT / CSAが発表した数字によると、2015年2月の住宅ローン平均期間は17.33年 、ローン金利の平均は2.21%でした。

表3 住宅ローン金利の推移(%)

(出典 : CREDIT LOGEMENT / CSA)

ここ数年のローン金利の下落振りには目を見張るものがあります。欧州中央銀行も本年度1月に量的緩和を発表したばかりですので、まだまだこの低金利時代は続くことでしょう。

住宅ローン・ブローカーで有名なmeilleurtaux.comによると、3月13日付けの期間ごとの住宅ローン金利(保証料抜き)の相場は次のようになります。

表4 フランスの住宅ローン金利(保険料抜き)の相場(2015年3月13日時点)

(出典 : meilleurtaux.com)

日本の住宅ローン金利には及びませんが、30年固定で3.03%という金利はフランス人にとっては信じられない程、低い金利です。通常でしたら、低いローン金利により、不動産の購入を考える人が増えてもおかしくないものですが、現在の不動産マーケットは、これほどの低金利でさえ価格を押し上げることができない程、不調なのです。

不動産関連の法律・制度の改正

不動産の購入や投資を促すため、政府も法改正により様々な働きかけを行っています。

フランスには一定の条件を満たせば、居住用住居購入の際に住宅ローンの一部をゼロ金利で借りられる、という制度があります。ゼロ金利ローンが誕生したのは1995年ですが、政策によりローンの利用条件もくるくると変更され、昨年までは比較的所得の低い世帯が新築物件を購入する際にのみ利用できる制度となっていました。その条件が本年度より多少緩くなり、0%ローンを受けるための課税所得金額の上限が引き上げられ、一定の条件を満たす中古物件も対象となることになりました。

不動産賃貸に回す新築物件への投資を促すための減税措置も改正されました。過去にセリエ減税措置からデュフロ減税措置へと、名前と条件が変更になった制度が、2014年9月1日より今度は『ピネル減税措置』となって生まれ変わりました。新築物件、もしくはまるで新築のようにするための大掛かりな改装工事を行う中古物件を、所得が比較的低い借り手の主たる居住用住居として最低でも6年以上 、家具なし物件として賃貸に回すのであれば、最大で12年にわたり物件価格の21%を徐々に所得税から減額することができる、という制度です。ピネル減税措置を利用できるのは「物件価格(購入価格 + 公証人の費用)のうち300 000ユーロの金額まで」という上限が定められています。300 000ユーロを超える物件を購入した場合は、300 000ユーロのみをピネル減税措置に適用することができます。例えばピネル減税措置で12年、投資すると、所得税から減額できる金額は12年間トータルで最大63 000ユーロ(300 000ユーロ x 21%)となります。投資物件はエコ物件でなければない、家賃は定められた金額以下に抑えなければならない、など厳しい制約もありますが、ピネル減税措置を利用して購入した物件を子供や孫に賃貸することも可能ですので、富裕層にとっては減税と子孫の援助の両方もできる、という便利な制度です。

また、眠っている建築用地を活性化させるために、売却益に対する期間限定の措置も導入されています。2015年度末までに建築用地を売却した場合、売却益から通常の控除額にプラスアルファで更に30%を控除し、残りの金額だけが課税されることになったのです。

贈与税に関しても似たような軽減措置が設けられました。2015年12月末までに建築用地を贈与する場合、贈与後、その用地の上に新築物件を建設するのであれば、通常の贈与非課税枠に加え、100 000ユーロの非課税枠が上乗せで適用されることになりました。

上記の様々な税制の軽減措置は、主に新築物件が対象となるものですから、パリ市内の不動産市場活性化にはまず繋がりそうにありません。これらの法改正により、新築物件市場は中古市場よりは活性化するでしょうが、フランスの不動産市場全体を盛り上げる程のインパクトは生み出さないだろう、と言われています。

景気の停滞

史上最低レベルの住宅ローン金利、そして新築市場を活性化させる減税措置など、不動産市場を応援する環境がこれだけ整えられているにも関わらず、フランスの不動産価格は下がり続けています。アナリスト達に指摘される主な原因は(1)大きな調整を経ず10年以上高騰し、高くなりすぎてしまった不動産価格、そして(2)フランスの景気低迷です。

INSEEが発表している2000年から2014年までのフランスのGDP実質成長率は次の表のようになります。

表5 フランスの実質経済成長率【2000年から2014年】

(出典 : INSEE)

2012年以降、景気が停滞している様子が一目瞭然です。また近年における失業率の高まりも顕著です。下記のグラフは2003年から2014年の失業率を示しています。

表6 フランスの失業率の推移

(出典 : INSEE)

雇用が不安定なために不動産購入に踏み切れない、というのはごく自然な流れですね。現在、不動産売買を行っているのは、離婚、相続、転勤など、人生におけるターニングポイントを迎えた人たちが大部分だそうです。ユーロ圏の景気はまだまだ不調ですので、この状況は相当長い期間続くことが予想されます。


もはや「不動産価格は下がるのか否か?」という議論はなく、「果たして、あとどれ位下がるのか?」「下落基調は一体いつまで続くのか?」ということに注目が集まっています。本年度の不動産価格が上昇しそうな兆しは、今のところ一つも見当たりません。上がり続ける相場はありませんので、フランスの不動産価格も遂に大きな調整局面に入ったのでしょうか?答えが出るのは、数年後になりそうです。

業界関係者は本年度の不動産市場の行方をどのように予測しているのでしょうか。2015年1月にCREDIT FONCIER/CSAより、不動産業界関係者の景況感を表すバロメーターが初めて発表されました。そのバロメーターによりますと、業界のおよそ3分の2にあたる人たちが2015年度の不動産マーケットに悲観的な考えを抱いているそうです。中古物件の価格が上昇すると考える人は全体の僅か3%、35%の人が価格停滞、52%の人が下落を予測しています。不動産業者はどのような時代でも「今が買い時」と強気なコメントを出すことが多いのですが、さすがに現在のフランスの不動産市場においては弱気にならざるを得ないのかもしれません。