今月初めにフランス公証人議会が発表した数値によると、2012年度、フランスの中古物件の不動産価格は1.3%下落しました。2011年後半よりフランス全土の不動産価格は徐々に下がり始めていたのですが、パリだけはこれまで何とか持ちこたえていました。ところが昨年度は遂にパリでも値下がりしたのです。1991年から2012年末までのパリ中古物件1平方メートルあたりの価格の推移をグラフで見てみましょう。

【表1】 パリ中古アパルトマンの1平米あたりの価格の推移


(パリ公証人議会のデータを元に筆者が作成)

1998年以降、2009年の一時的な下落を除き、一本調子に上昇し続けた不動産価格ですが、ここ数年、明らかな停滞が見られていました。そして昨年第4四半期においては、前月比マイナス2%の下落が確認されました。

上記の表で注目すべき点がもう一点あります。1990年初頭から1998年までに起きたバブル崩壊時のパリ不動産価格の下落ぶりです。たまに「パリは需要があるから絶対に価格は下がらない」と神話のように信じている人がいますが、前回のフランス不動産バブル崩壊時には、パリでも例外なく価格が下落しました。パリ公証人議会の上記のデータを例に取りますと、1991年第1四半期にパリの1平米当たりの平均価格が3530ユーロだったところ、1998年第1四半期には2250ユーロ、つまり36%も下落したのです。もちろん日本の不動産バブル崩壊時の下落率と比べると控えめな数値ですが、それでも「パリの不動産価格は決して下がらない」などということは決してないことはお分かりいただけると思います。

不動産価格の下落率は今のところ穏やかですが、不動産売買件数の下落率には目を見張るものがあります。パリ公証人議会が発表した数値によると、2013年1月のパリの売却物件数は昨年1月と比べてなんと44%も下落しているのです。

現在、売り手はまだ値下げをする心構えができておらず、相変わらずかなり高めの希望価格を表示することが多いようです。反対に買い手は、いよいよ不動産が買い手市場になってきたことを十分に承知していますから、少しでも売却物件に弱点があると、そこを付いて相当な値下げを要求してきます。同時に買い手側は不動産価格の大幅な下落を期待しているため、もし売り手が値を下げないのであれば、その物件からはすぐに離れていってしまいます。2012年度後半、中古物件を売却するまでにかかる平均期間は103日でした。2011年度の平均期間が70日だったことを考慮すると、この一年でいかにマーケットが変化したかを痛感します。相続・離婚などでなるべくすぐに売却したい人にとっては非常に厳しい状況となってきました。そして恐らくこの厳しい状況は今年、そして来年以降も続いてしまうかもしれません。その理由として、専門家たちは次のような理由を挙げています。

増税・そして目まぐるしく変わる税制

昨年以来、不動産売却益に対する税金が大幅に上昇しています。フランスでは主たる居住用住居の売却益は無税なのですが、それ以外の物件に対しては売却時の利益に対して税金が課せられてしまいます。しかしながら保有期間に応じて、売却益の一部が非課税となり、保有年数が増えるごとにその非課税枠も増えるため、一定期間が過ぎてから売却するとキャピタルゲインに対する税金がゼロとなります。2012年1月末までは、15年以上不動産を保有した後に売却すると、その売却益が無税となりましたが、サルコジ前大統領時代の法改正により2012年2月以降は30年以上物件を保有するとようやく売却益が無税となるように変更されてしまいました。オランド大統領は大統領選公約の中で、その期間を再び短くする計画を公言していましたが、今のところまだその約束は果たされていません。

増税はこれだけではありません。フランスでは金融商品の利息や不動産所得に対して、税金だけでなく社会保障費負担も支払わなければならないのですが、その社会保障費負担率が2012年7月より、それまでの13.5%から15.5%に引き上げられたのです。更には2013年1月より、50 000ユーロ超のキャピタルゲインを出した場合、2~6%(徐々に%が上がっていき、キャピタルゲインが260 000ユーロ超なら6%)の上乗せの税金も課せられることになりました。

くるくる変わる税制に対して不動産投資家たちは懐疑的になり、潜在的売り手はキャピタルゲインに対する税負担に嫌気が差し、売却計画を取りやめにし、潜在的買い手は不安定な税制を目の前に買い控えをしている、という状況が見受けられます。

それ以外にも、大人気だったセリエ減税措置が終了したことも投資家心理を冷やしたようです。セリエ減税措置とは、一定の条件を満たす物件を購入し不動産賃貸を行う場合、物件価格の6~14%に当たる金額を9~15年間にわたり所得税から減額できるという制度でした。大人気だったセリエ減税措置は昨年末で終了し、その代わりに新制度のデュフロ減税措置が導入されたのですが、デュフロ減税措置では「相場よりも20%以上低い家賃で賃貸をしなければならない」など適用条件がぐっと厳しくなりますので、この新制度により不動産投資家たちが大きく増えることは考え難いです。

低金利、でも貸さない銀行

CREDIT LOGEMENT / CSAが発表した数字によると、2013年3月の住宅ローン平均金利は3,07%、ローン平均機関は17,1年でした。この1年で約0,9%もローン金利が下がったのです。

【表2】 住宅ローン金利の推移


(出典: CREDIT LOGEMENT/CSA)

ローン金利低下の恩恵にあやかり、より多くの人が不動産購入の夢を叶えることができるようになったのでしょうか?残念ながらそうはなっていないようです。なぜなら銀行側が『上顧客』にしか貸さないからなのです。上顧客とはつまり十分な頭金(物件価格の約20%以上)と安定した職業を持ち、ローン期間は15年以下、住宅ローンの返済額は月々の収入の30%未満で収まる顧客のことです。そのような優秀な顧客のみが、上記の低金利を満喫できているのです。

厳しい経済環境の中、銀行自身も自らのバランスシートを健全化させなければなりません。「返済が滞る可能性のある人には貸したくない」、「なるべく短いローン期間にすれば、銀行側がリスクを負う期間が短くて済む」という彼等の本音も分からなくはないですが、不動産購入を考える人にとっては面白くない状況ですね。

銀行だけでなく、政府も昨年度、住宅ローン取得の道を狭めました。フランスにはPTZ+という金利0%のローンが存在し、初めてマイホームを購入する人たちに幅広く利用されてきました。しかしこの制度の条件が昨年1月より大きく変更され、ごく例外的なケースを除いて中古物件購入の際には利用できなくなってしまったのです。銀行は貸してくれない、ゼロ金利ローンは使えない、とマイホーム購入希望者にとっては踏んだり蹴ったりの状況になってきました。

失業に対する不安

ご存知の通りユーロ圏諸国の景気は減退しておりまして、フランスも例外ではありません。フランスの直近10年の失業率の推移を見てみましょう。

【表3】 フランスの失業率の推移


(INSEEのデータを元に筆者が作成)

2008年第1四半期に7.5%だった失業率も、昨年第4四半期には10.6%(速報値)に達してしまいました。「高すぎる不動産価格」、「銀行もローンを組んでくれない」、「ゼロ金利ローンも使えない」、という悪条件に加え、雇用不安も非常に大きいため、多くの人が不動産購入を諦めざるを得なくなっています。リサーチ会社BVAが3月28日に行った世論調査によると、なんとフランス人の77%が今後の経済に対して警戒心を抱いているそうです。この世論調査は毎月行われているのですが、「今後の経済に悲観的な人が77%もいる」ということは、オランド大統領政権が始まって以来、最悪の数値です。そして残念なことに、フランスを取り巻く経済環境を見る限り、この状況が近い将来改善する気配は今のところ全くありません。


不動産業界の専門家たちは口を揃えて「2013年度の不動産価格は下落する」と言っています。しかしながらその下落が数十パーセントの下落になるのか、単に1~2%の下落となるのかは、意見が大きく分かれるところです。株式市場と異なり、不動産市場のサイクルは非常に長いので、現在の不動産価格の下落が一時的な停滞なのか、それとも大きな下落サイクルの始まりなのかがはっきりすのは、今から2~3年後になることでしょう。不動産市場は今、非常に見通しの立てにくい難しい時代に突入してしまったようです。