フランスの不動産市場は相変わらずの不況に苦しんでいます。一昔前まで不動産業者が頻繁に口にしていた「パリの不動産価格は下がらない」という神話は、もはや耳にすることさえなくなりました。直近の状況を確認してみましょう。
販売件数と価格の下落
不動産売買件数は2022年度から3年連続で大きく下落しています。Fnaim(仏不動産連盟)によりますと、2024年度の中古物件の売買件数は77万5千件で、これは最大のピークだった2021年8月時点と比べると36%も少ない件数でした。短期間でここまで大きな下落を見せたのは、過去50年で初めてのことだそうです。
不動産価格も2022年度以降、じりじりと下がり続けています。フランス公証人議会によりますと、2024年度第4四半期のフランス全土の中古物件価格は、前年同期比で2.1% の下落となりました。下記の図でご確認いただけますように、地域により価格変動率には大きな差があります。
表1 中古アパルトマンの1平方メートル当たりの価物と変動率
(2024年度第4四半期と前年同期比)
(出典 : フランス公証人議会)
パリも例外ではなく、不動産価格が下落しています。パリの区ごとの中古物件価格の直近1年の変動率は次のようになります。2024年第4四半期時点で、パリの中心地(1区~4区)は前年同期比でなんと10%以上も下落しました。
表2 パリの中古アパルトマンの価格変動率(2024年度第4四半期と前年同期比)
不動産不況の最大の理由は、2022年以降、金利が上昇し、住宅ローンにアクセスできなくなった人が増えたことだと言われています。住宅ローンの近況を見てみましょう。
下落基調の住宅ローン金利
2023年12月をピークに、2024年度の住宅ローン金利は一直線に下がっています。2001年から2025年4月までの住宅ローンの平均金利の推移を見てみましょう。
表3 住宅ローン平均金利の推移(%)
(出典 : OBSERVATOIRE CREDIT LOGEMENT / CSA)
「住宅ローン金利が下がれば、また不動産価格も上がるに違いない」と言われていましたが、2024年1月から18カ月にわたり、ローン金利がノンストップで下落したにも関わらず、不動産価格は下がり続けています。2022年度の金利急上昇が不動産の下落サイクルを引き起こしたのは確かですが、どうやら今の不動産不況の原因は、金利以外の要素も大きいようです。
しかも不動産業界の希望を支える『金利低下』の勢いに、ここ最近は陰りが見え始めています 。下記の表は、2023年12月から2025年4月にかけての、住宅ローン平均金利を借入期間ごとに記載したものです。
表4 借入期間ごとの住宅ローン金利の推移(%)
(出典 : OBSERVATOIRE CREDIT LOGEMENT / CSA)
2023年12月をピークに2025年3月まで下がり続けていたローン金利が、先月は僅かに上昇しています。波乱の金融市場や不確実性の高まりから、金融機関が貸出業務に慎重になり始め、金利を上げたようです。
賃貸市場の問題
フランスでは、不動産物件の広告に必ずエネルギー性能診断(DPE)のランクも記載されています。DPEはAからGまでの7段階評価となっており、Aが最優良で、Gが一番悪いランクとなります。2025年1月1日より、DPEのランクがGの物件について、賃貸契約を新たに締結したり、契約更新したりすることが禁止されました。2028年度からはランクFの物件が、2034年度からはランクEの物件が、同様の制約を受けることになります。
エネルギー性能診断のランクが低い物件を持つ大家さんは、エコ物件にするための改良工事を行わなければなりませんが、昨今のインフレで工事費は高額になります。物件保有者が高齢だったり、資金繰りに余裕がない場合、ローンを組んで工事をしよう、という気にはなりません。売却しようにも、エネルギー性能診断のランクが低い物件は価格交渉で大幅値下げをせざるを得ませんので、売却も断念する ケースが多いのです。
もしエネルギー性能診断のランクが低い物件が多く売却されれば、購入者がエコ物件に改築した後、それらの物件は賃貸市場に出回り、物件不足はかなり緩和されるかもしれません。残念ながら上記の理由により、そのような流れは生まれそうになく、賃貸不動産市場への物件供給は減るばかりです。
不動産価格は下がり始めましたが、それ以前の価格があまりにも高騰していたので、多くの一般市民にとっては未だに手が届かない金額です。ローン金利も直近では少し下がりましたが、それでも3年前と比べると非常に高い金利です。そのため不動産購入を諦める人が増え、賃貸の需要は増えています。しかし賃貸物件の供給は十分にありません。Fnaim(仏不動産連盟)の代表が「サイトに賃貸物件の広告が出ると、1時間以内に200件の問い合わせが来ることもある。こんなことは初めてだ」と言うほど、今現在、フランスでは賃貸物件の不足が深刻なのです。
不動産関連の政策
不動産市場の活性化させるため、フランス政府はいくつかの政策を打ち出しています。例えば次の2点は、効果が期待されています。
● ゼロ金利融資《PTZ》の適用範囲拡大
直近2年間に居住用の物件の所有者でなかった人、そして一定の所得水準以下の人が、条件に該当する新築アパルトマンを購入する際に、ゼロ金利ローン(PTZ)と呼ばれる金利0%の融資を受けることができます。昨年までは『限定された地域の新築アパルトマン』にのみPTZを利用できたところ、2025年から2027年末までの期間に限り『フランス全土の新築アパルトマンと一軒家』に対してもPTZが適用されることになりました。
● 新築物件購入のための子供・孫・ひ孫への非課税贈与枠
2025年2月15日から2026年末まで期間限定で、新しい贈与非課税枠が設定されました。子供・孫・ひ孫が居住用住居として新築物件を購入する場合、もしくはエコ物件にするための改築をする場合、贈与をする人は一人当たり100 000ユーロ(約1630万円)、贈与を受ける人は一人当たり300 000ユーロ(約4890万円)まで、非課税で贈与を受けることができます。
しかしながら財政難に苦しむフランス政府は、不動産業界の逆風となるような政策変更も発表しました。投資家にとって、特に痛手が大きいのが次の2点です。
● ピネル減税措置が終了
一定条件を満たして賃貸物件を購入すると、最大で物件価格の21%を所得税から減額できる(減額できる上限額は63 000ユーロ)、というピネル減税措置の終了が決定しました。会計検査院が発表した数値によりますと、この措置により、2014年から2023年にかけて、国は73億ユーロ(約1兆1890億円) もの税収を受け取り損ねていたそうです。ピネル減税措置の終了は、お金がないフランス政府としては当然の決断と言えるでしょう。
● LMNP (事業ではない家具付き物件の賃貸)の売却益に対する実質増税
2025年2月15日より、LMNPの物件の売却益の計算の際に、過去に不動産所得から引いた減価償却の金額を、購入価格から減額しなければならなくなりました。『実際の購入価格から減価償却費を引いた金額を初期投資価格と仮定して、売却益を算出する』→『売却益が大きくなる』→『つまりは増税を意味する』という訳です。但し、学生や65歳以上のみを対象として賃貸している物件については、この新しい措置を使わず、従来通りの計算で税額を計算してもらえます。「弱い立場の人が借りる賃貸物件にはこれからもどんどん投資してほしいけれど、財政が苦しいので一般的な不動産賃貸投資については増税させてもらいます」という政府のメッセージが伝わってきますね。
「金利がもっと下がれば、不動産購入希望者がぐっと増える」という意見は相変わらずよく聞きますが、不動産業者が期待するほど上手くいくかは分かりません。実際のところ、この1年半は金利が下がり続けているのに、不動産価格は上昇していません。また、今後金利が更に下がるとしても、ひと昔前のように1%前後のレベルまでは低下することはないかもしれません。
今年の2月~4月にかけての金融マーケットの暴落を受け、「消費者は株よりも、安心の不動産投資に心を惹かれるはずだ」という意見もあります。ところが先月は、金融マーケットの下落により、金融機関が貸出に慎重になり、金利が上昇する、という現象が発生してしまいました。
財政難でなければ、政府も不動産市場を支えるための政策を次々出せるでしょうが、2024年度の財政赤字が対GDP比で5.8%に上ってしまったフランスは、国民に対して大盤振る舞いをすることなどできません。
最悪の時期は過ぎたように見えますが、まだしばらくの間、不動産市場は期待と懸念が交錯する、先行き不透明な状況が続きそうです。