2012年5月6日、社会党のオランド氏がフランスの新大統領に選ばれました。今回のコラムでは、オランド新大統領が掲げるプログラムの中から、資産運用に関する項目を詳しく取り上げてみました。

所得税

新大統領の計画を見る前に、まずは現在の所得税率について確認してみましょう。フランスでは個人単位ではなく、世帯ごとに所得税が課せられています。2011年度の所得に対する税率を表したのがこちらの表です。


世帯のメンバー全員の課税所得を合計し、それを家族指数で割った数値が上の表のどこに当てはまるかにより、その世帯の所得税率が決定されることになります。家族指数は独身者であれば1、夫婦やPACSを結んでいる子供のいないカップルは2、子供が一人いるカップルであれば2.5、子供が二人いるカップルであれば3となります。最高税率は現在のところ41%ですが、オランド新大統領は高所得者に対して更に2つ、税率を付け加える案を打ち出しています。その計画が実現すると、家族指数で割った後の課税所得が150 000 ユーロ以上世帯には45%、そして1 000 000 ユーロ以上稼ぐ個人には75%の所得税率が適用されることになります。フランスの大企業の社長達にとっては大打撃となる増税になりそうです。

改革されるのは税率だけではありません。フランスでは家政婦、家庭教師、介護人、家で子守をしてくれる人などを雇った場合、被雇用者に支払った金額の50%を所得税から減額することができますが、新大統領はその減額できる金額を少なくすることを計画しています。これまでは被雇用者に支払った金額(但し12 000ユーロを上限とする)の50%を所得税から減額することができました。つまり最高で6 000ユーロ(12 000 x 50%)の減額が可能だったのです。新大統領のプログラムによると、今後は被雇用者に支払った金額(10 000ユーロを上限とする)の40%だけを所得税から減額できることになりますので、最高で4 000ユーロ(10 000 x 40%)のみの税額控除となってしまいます。

またフランスでは節税商品が山ほどありますが、それらの商品を利用した場合の税額控除の減額や、一部商品においては減税の恩恵自体を廃止することも検討されています。

ISF(富裕税)

昨年春の税制改革にてサルコジ前大統領は、それまで課税資産評価額が80万ユーロ以上の世帯が支払わなければならなかったISF(富裕税)を、130万ユーロ以上の世帯にのみ課せられるように変更し、尚且つその税率自体も大きく引き下げました(参照:当社過去コラム 『2011年度の税制改革法案』)。「ISFの税負担が下がった!」と富裕層たちが喜んだのもつかの間、オランド新大統領はISFの税率を、昨年の税制改革以前のものに戻す予定です。但し『ISF(富裕税)が課せられるのは課税資産評価額が130万ユーロ以上の世帯のみ』という部分は、サルコジ前大統領の改革をそのまま続行することになるようです。更にISFの増税はこれだけに終わらず、富裕層への負担増を推し進める新大統領は、課税資産評価額が300万ユーロを超える世帯に対して、その税率をより高いものに変更することも検討しているそうです。

あまりにもISFの税額が高くなり過ぎると「資産は持っているけれど、毎年の収入はとても低い」という人にとっては、収入の全てがISFの支払いに消えてしまうようなことが起こるかもしれません。そこで新政権は『ある年に支払うISF、所得税、社会保障費負担の合計額が、前年度の所得の85%を超えないようする』という上限を設定する予定です。実はこの上限、つい昨年まで存在していた制度なのです。昨年の税制改革でISFの減額が決定したことに合わせて、2012年度より廃止されたのですが、政権交代によりISFが再び増税されるということで、あっという間に復活することになる、という訳です。フランスの税制はくるくる変わるので目まぐるしいですね。

贈与・相続税

2012年5月末現在、贈与・相続における親から子への基礎控除額は159 325ユーロです。贈与の基礎控除は10年ごとに適用されています。これは『贈与をする時点から過去10年の間に、一人の親から一人の子供に対して贈与した金額が159 325ユーロ以下なのであれば、贈与税はゼロ』ということを意味します。しかしオランド新大統領は、親から子供への基礎控除額を現行の159 325ユーロから100 000ユーロに引き下げ、更にこの基礎控除額を10年ごとではなく、15年ごとに適用するように変更する意向です。富裕層は早急に相続対策を始める必要がありそうです。

利息や譲渡益に課せられる税金

非課税口座以外の預貯金から発生する利息、配当金、そして株や不動産の譲渡益に対して、これまではカテゴリーごとに所定の税率が適用されていたのですが、今後は各世帯の所得税率が適用されることになりそうです。

不動産の売却益に関しては一つ嬉しい改革が予定されています。フランスでは不動産売却益の税額計算において保有年数による控除措置が設けられています。2012年5月末現在、特別なケースを除き不動産を30年以上保有した後に売却すると、その譲渡益は無税となります。オランド新大統領はその期間を30年から22年へと短縮することを計画しています。但し、主たる居住用住居の売却益に関しては、今後も引き続き非課税となります。

フランスの資産形成になくてはならないAssurance Vieにも遂に増税の矛先が向いてしまいました。口座開設から丸8年に満たないAssurance Vieからお金を引き出す場合、その利益部分に対してこれまでは一定の優遇された税率を選択することができたのですが、今後は各世帯の所得税率が適用されることになります。但し、これはあくまでもオランド新大統領の法案が可決された後に開設された口座にのみ適用されます。よって既に口座をお持ちの方は、例え丸8年を経過する前にお金を引き出しても、今まで通り優遇されたAssurance Vieの税制を満喫することができます。

非課税預金口座であるLivret AとLDDへの入金上限額が2倍に増えることになります。つまりLivret Aの上限額は現状の15 300ユーロから30 600ユーロへ、LDDの上限額は6 000ユーロから12 000ユーロになります。現在のような超低金利時代においては、インフレ上昇分しか利息の付かないLivret AとLDDでさえ魅力的に見えます。しかしながら基本的にこれらの非課税口座は、万が一の時に備えるお金のみを入れておくべき口座です。長期的な視野での資産形成には全くもって向かない商品ですので、お金の用途十分に考慮した上でこれらの非課税口座に入金する金額を決めるようにしましょう。


さすが社会主義者らしくオランド大統領の公約には富の分配、つまり「富裕層により多く貢献してもらおうじゃないか」という意図がはっきりとプログラムに現れています。

今回のコラムでは資産運用に関する項目のみにスポットを当てましたが、それ以外にも、年金支給開始年齢を60歳に戻す案や、つい最近サルコジ前大統領が決定したばかりの「付加価値税(TVA)を現行の19.6%から21.2%に上げる」という法改正をキャンセルする案、また2025年までに原子力発電依存率を現在の75%から50%に下げることなど、新大統領のプログラムには前政権との大きな路線変更が組み込まれています。

フランスでは6月10日、17日に国民議会選挙が行われます。社会党が過半数を確保することになれば、これらのプログラムが続々と国会で審議され始め、早ければ今年の夏から施行されることになるでしょう。フランス居住者は今から心構えをしておく必要がありそうです。